2018年11月10日発行の「かたち 人は日々」第2号に、笹山央氏による評論が掲載されました。
服部牧子 [ 陶造形 ]
多視点の方法で
ものの形の内部を探る
服部牧子さんは、私が発行していた季刊工芸評論誌『かたち』の旧くからの定期購読者である。が、彼女の作品を認識するようになったのがいつごろであったかについての記憶がはっきりしない。
磁器の一大産地、岐阜県の美濃地方にはたくさんの若手の陶芸家が住んでいて、私が取材などでよく訪れていた頃には、グループ展なども頻繁に開催されていた。その中に服部さんの名前と作品を見たことがあるはずである。それゆえに、服部さんは美濃地方生まれの土着の陶芸家という観念がいつの間にか私の中でできていたのだが、同時に、美濃の陶芸家グループの一員としてはどこか異質な印象もそこはかとなく感じていたことは覚えている。
#ものの見方の基本が多視点的
その異質感がどこから出てくるのか、今回この原稿を書くために取材させてもらって初めて了解した。それは、彼女の造形感覚がベーシックには彫刻的であるということである。陶磁器の産地の生まれで、家業を継ぐようにして陶芸家になった人の創作は、たとえ用途を離れた造形的な制作であっても、”陶芸的”と表現する以外にないような、粘土造形に対する独特の感覚というものが感じられるのだが、それは決して”彫刻的”とは言い得ない性質のものである。その意味での”彫刻的”な感覚が服部さんの作品からは感じられて、それが他の美濃の陶芸家との異質感をそこはかとなく感じさせる要因であったのである。
服部さんは少女期を東京で過ごし、いささかの波乱含みの青春期を過ごした後、愛知県の窯業高等職業訓練校に入所して陶技の勉強を始めた。さらに岐阜県陶磁器試験場の研究生として二年間を過ごして陶芸創作の道を歩みだした。1989年から1992年にかけての三年間、陶磁器製のサウンドオブジェを作り、制作者自らが演奏するという活動を繰り広げていた時期があったことが彼女の経歴に記されているが、そういった活動を通じて美濃の生活風土にも馴染んでいったのだろう。
服部さんの造形感覚が彫刻的であることは、ものの見方が基本的に多視点的であるというところに見出される。多視点的とは、一つのものを見るにも複数の視点から見る、角度を変えて視るということであり、そういう習性のようなものをこの人は持っている。作品『金彩ポット』は、服部さんのそういう特徴が典型的に、わかりやすく出ている作品である。
#家族をめぐる物語
なんでも彼女は、小学生段階でセザンヌや立体派の画集を見るのが好きだったそうである。物事を多視点的に捉えていく感性はこの頃から養われていったかと推測され、ある意味では、そのような素養がその後のいささか波乱万丈な人生を送るそもそもの淵源となっていると考えられなくもない。さらにその多視点性は単に視点を移動させるということだけでなく、ものごとが置かれている社会状況や生活環境の変化の中で見る、などの時間的な変化といったことも含んでいる。
小学生の頃からセザンヌや立体派の画集を見ていたという状況は、それなりの生活環境を窺わせる。画集を買ってくれたのは父親であったとか。その父親は心理学者で、音楽や芸術をこよなく愛する優しく剽軽な性格の人だったと服部さんはいう。母親はベレー帽をかぶることを好んだお洒落な女性だったそうで、父親との大恋愛を成就した。父親は65歳の時にくも膜下出血で倒れ、亡くなるまでの約十年間を母親は献身的な介護で過ごした。その母親も脳梗塞に倒れて、困難な日々を経過して亡くなられたとのことである。こんなプライベートなことをここでいささか立ち入って書くのは、母親の形見の洋服をモチーフにした『不在のカタチ』に込められた作者の哀悼の思いの一端でも伝われば、と考えたからである。
服部さんのこのような思いの背景にあるのは父母を取り囲む”家族の物語”の一人一人が持つ思いであるように私は思う。彼女の父母を偲ぶ気持ちには家族の人たち全員の思いが重なっているにちがいない。つまり、家族一人一人の両親への思いが服部さんの中で両親に対する多視点な思いになっていて、それがたとえば母親の一見なんでもない洋服の形象に注ぎ込まれているのである。そんな”家族の物語”とでも呼びたいようなものが、一連の作品シリーズには託されている。『WORK C』は両親が亡くなる前の制作である。この頃は人物をモチーフにしたものもたくさん作っていて、多視点性が身体の内部にまで入り込んでいくような趣きを醸し出している。この人物は父であり母であり、そして家族の一人一人であるしまた服部さん自身の像と見ることも可能だろう。さらには、家族が過ごした住み家や周りの環境の記憶もその身体の中に刻み込もうとするかのようだ。
#今後の展開についての予測
服部さんの多視点性がものの内側にまで侵入していこうとする傾向は、近年特に強く見られるようになってきた。『HEART 2』は心臓の形を表したものである。さらに、脳の中の神経組織に想像力を働かせたような作品『NEURON』も作っている。
最後に、『共鳴』は服部さんの制作としてはちょっと珍しく見える。取材のときにアトリエに展示されていたおびただしい数の作品群の中にあった。多視点性は彼女の作品にいくらか饒舌な見かけを与えるが、この作品はシンプル且つ端的にアピールしてくる。かつて若年時に制作していたというサウンドオブジェの系列のものかと思われる。そしてそのシンプルな見かけに、初期の作品でありながら、造形作家としての服部さんの来し方が凝縮されているような印象があると同時に、今後の展開へのひとつの方向性を示しているように私には感じられた。
工芸評論家 笹山央氏 略歴
香川県生まれ。京都大学文学部哲学科美学専攻卒業後、美術報知社の記者を経て独立。季刊工芸評論誌『かたち』の創刊・発行、『陶100』全100巻(京都書院刊)編集、また多くの展覧会の企画開催に携わる。多摩美術大学非常勤講師として教鞭も執り、現在は、かたち21代表(https://katachi21.com/)。著書に『現代工芸論』(蒼天社出版)。